
暴露療法(エクスポージャー)
不安という感情は本来、人間の防衛本能による正常な反応なのですが、ふさわしくない状況で不安になったり、日常生活に支障をきたすほど強い不安を感じたりする場合には、不安障害に当てはまる可能性があります。
不安障害は、不安を主な症状とした疾患の総称です。社交不安障害や全般性不安障害、パニック障害、強迫性障害も不安障害に分類されます。
例えば、社交不安障害では、人前に出たり話したりすることへの不安がとても強く、発汗や動悸などの身体症状が現れたり、そのような場面を回避しようとしたりすることで、日常生活に支障をきたしやすくなります。
高所が怖い、人前で話すと極度に緊張する、特定の場所へ行くと不安発作を起こす――こうした恐怖症や不安障害に悩む方は以外に多く、ご相談に来られる方はとても多いですね。
そのような皆様に時に有効とされる心理療法の一つが、暴露療法です。
当相談室では「段階的暴露療法」と呼ばれるステップを細かく分けて少しずつ恐怖刺激に慣れていくアプローチを、自分で取り組みやすい形で進めていいっております。
来談者の状況を丁寧に観察した上で、暴露療法という心理療法を用いて克服したり、リラクセーション法を習得することで不安を軽減できるようにすることができます。

恐怖・不安障害とは
暴露療法は、不安や恐怖を感じる対象(恐怖刺激)に、あえて安全を確保したうえで少しずつ接触することで、「慣れ」を促し、過剰な不安や回避行動を軽減する治療法です。
認知行動療法(CBT)の一部としても取り入れられ、多くの研究で恐怖症やパニック障害、社交不安障害などに対して有効性が示されています。
例えば、高所恐怖症の場合、少しずつ高い場所に慣れる機会を作り、身体が「意外と大丈夫」と学習することで恐怖心を和らげるというイメージです。
恐怖や不安を強く抱く人は、不安がゆえに不安を回避してしまいます。その場から逃げる、やらない、感じない、フタをする、みたいなことをしてしまいます。そういったことをすることでストレスは一時的に解消しますが、中長期的に見たら決して良いことは起きません。
なぜかというと、回避するので記憶がブラッシュアップされないからです。成功体験として起きずに、ただ回避した、ただ押さえつけた、というだけなので、良い情報が入ってこないのです。
次に同じことが起きても、また嫌なことが起きるんじゃないか、という不安だけしか脳内に伝えてこなくなるのです。
次はこうしたらいいよということを記憶が教えてくれるんじゃなくて、ただ不安だけを教えてくるので、この不安な脳内だとズレが起きた時にまた回避することになります。
回避するから、また不安を呼びこんでしまうという負のサイクルが起きてしまうのです。これが不安障害の典型的な姿なのです。
心の地図に空洞が多くなってしまう
恐怖や不安を回避し続けているので、心の地図(脳内の心の地図)の中に、自分はどうだとか、過去どうだったとか、未来はこうなるんだ、みたいなものが回避ばかりすることで空洞ができてしまっています。
「ここはしゃべってはいけないぞ」と思って回避する、「ここは話したくないな」と思って回避してしまう。そういう形で何かをしていても話せないことがいっぱいあったりしかかもしれません。
「うまく話せません」「話すのが怖いです」と繰り返し言って自分の軸を持てなくなるのです。過去から未来、そして今に至るまで、話の中で一貫している自分のストーリーを語れることが自分の軸があるということです。
それが次の行動を生うんでいくのです。自分のやるべきことをやれる、我慢すべき時に我慢をして、ノーと言う時にはノーと言える、ということです。
自分の軸が持てないと刹那的な判断しかできないため、断りたくても断れなかった、我慢すべき時に我慢できなかった、我慢しなくていいところを我慢してしまったり、刹那的にその瞬間、瞬間で判断してしまうから疲れてしまうのです。
感情のコントロール
ちょっと難しいですが、感情コントロールを体得していくということが重要です。人間はズレが起きたときに不安を感じますが、その不安に支配されないということが重要です。プレッシャーを感じていても敢えてやってみる、ということです。
簡単に言えば、緊張しないプロアスリートっていないわけです。緊張しているんだけど、それを自分の中でコントロールしてパフォーマンスを出してあげる、ということがプロには求められます。
私自身もそうです。毎日常に緊張してるわけではありませんが、その瞬間瞬間に緊張したりすることはしょっちゅうあります。そこをグッと堪えたり、上手く受け流したりしてパフォーマンスをするということを心がけています。これを身に付けていくということは重要なことです。

不安な場面に自分を慣らす
トラウマや強迫障害、社交不安障害への認知行動療法で、必ずといっていいほど用いられるのがこの暴露療法(エクスポージャー技法)です。一言でいうと、あえて苦手な状況に自分の身を曝して、不安や恐怖に対して慣らしていく方法です。
不安や恐怖をできるだけ避けたいと思うのは普通ですが、逃げてしまうとますます不安や恐怖は増大していきます。
例え恐怖を感じても、命に危険が及ぶような状況でない限り、その場にとどまり続ければ、脳は「これは、それほど脅威ではない。大丈夫だ!」と判断して、不安や恐怖感を徐々に和らげていくものです。
どんなに強い不安でも、時間の経過とともに不安は自然におさまっていきます。しかし、回避行動をしていると、その場では不安はすぐに治まるものの、不安が完全になくなったわけではないので、また起こるのではないかという不安が常に持続していることになります。
ところが、逃げずに向き合っていれば、「苦手だ」「不安だ」「恐い」「うまくいくわけがない」と思っていた感情が、「不安はあるものの、耐えられないことはない」「意外と大丈夫だ」という感覚を、身をもって体感することができるのです。
この暴露療法を繰り返し実行することによって、刺激に対する慣れが生じ、予期不安も軽減して、回避行動をとらなくてもすむようになるのです。安易に回避していると、返って恐怖感が増して、自信をつける機会を逃すことになります。
「語れないもの」をひとつずつ語る
語れないものをひとつずつ語る、納得する、ということもとても重要です。
心の地図に空洞、空白が一杯あるので、やはり一個一個片付けていくしかありません。そうしないといざというときに折れてしまいますから、そういう活動をしていくことも重要だということを知っておいてください。
語れなかったものを語る。そして納得する。これが大事なのです。
「これは不安だったけど仕方なかったな」「これは失敗だったけれどまあそういうこともあるよな」「こういう挫折もあったけど受け入れるしかないな」、そういう形でやっていくのが一番いいと思います。
これはカウンセラーとやってもいいし、友達と喋ってもいいし、自助会などで喋ってもいいし、色々なやり方がありますから、自分に合ったやり方や合わせ技でやってもらったらいいと思います。
とにかく語ってみる、ひとつずつ心の中にあることを語る、納得することが重要なので、自分一人やってもいいですけど、時間がかかりますから、みんなでやった方が効果的だと思います。

暴露療法の目的と期待できる効果
暴露療法の主な目的は、不安や恐怖によって制限されている日常生活や社会活動を取り戻し、生活の質(QOL)を向上させることです。具体的に期待できる効果としては、以下のようなものが挙げられます。
▮ 特定の対象や状況に対する不安・恐怖感の軽減
▮ 回避行動の減少
▮ 自己効力感の向上
▮ 不安や恐怖に対する誤った認知の修正
▮ 生理的な反応(動悸、発汗など)の低減
これらの効果を通じて、患者さん自身が不安や恐怖をコントロールできる感覚を得て、より自由で充実した生活を送れるようになることを目指します。
暴露療法が適用される主な疾患
暴露療法は、様々な不安障害やストレス関連障害の治療に有効性が示されています。
▮ 強迫性障害における暴露反応妨害法(ERP)
強迫性障害(OCD)の治療では、暴露反応妨害法(Exposure and Response Prevention: ERP)という特殊な形の暴露療法が中心となります。
強迫性障害は、不合理だとわかっていても頭から離れない考え(強迫観念)と、それによって生じる不安を打ち消すために繰り返される行為(強迫行為)を特徴とします。
ERPでは、まず患者さんが不安を感じる状況や対象(汚いと思うものに触れる、鍵を確認しないなど)にあえて直面し(暴露)、その際にいつも行っている強迫行為(手を何度も洗う、何度も鍵を確認するなど)をしないように我慢します(反応妨害)。これにより、「強迫行為をしなくても不安は時間とともに自然に減っていく」「恐れていたことは実際には起こらない」ということを学習します。
非常に効果が高い治療法ですが、実践には苦痛を伴うため、専門家による適切な指導とサポートが不可欠です。
▮ PTSD(心的外傷後ストレス障害)
PTSDは、命の危険を感じるような強いショック体験(トラウマ)の後に、その記憶がフラッシュバックしたり、トラウマに関連する刺激を極端に避けたりするなどの症状が現れる疾患です。
PTSDに対する暴露療法では、主にイメージ暴露療法や、トラウマに関連する現実の場所や状況への段階的な暴露(in vivo exposure)が行われます。
トラウマ記憶に安全な環境で向き合うことで、恐怖や無力感といった感情を処理し、記憶にまつわる苦痛を和らげることを目指します。
▮ パニック障害・広場恐怖症
パニック障害は、予期しないパニック発作(動悸、息苦しさ、めまいなどの強い身体症状を伴う強烈な恐怖感)を繰り返し経験する疾患です。広場恐怖症は、パニック発作が起きそうな場所や、発作が起きた時に逃げられない・助けが得られないような特定の状況(例:電車、人混み、閉鎖空間など)を恐れて避けるようになる状態を指し、パニック障害に伴って発症することが多いです。
これらの疾患に対しては、パニック発作の身体感覚そのものに慣れるための曝露(例:わざと息を速くしてみる、ぐるぐる回ってみるなど)や、避けている場所や状況に対する段階的な暴露療法が有効です。
▮ 社交不安障害(SAD)
社交不安障害(SAD)は、他者から注目される可能性のある社交場面(人前で話す、会食する、初対面の人と会話するなど)で、恥をかいたり否定的な評価を受けたりすることに強い不安や恐怖を感じ、そうした場面を避けようとする疾患です。
SADに対する暴露療法では、苦手な社交場面をリストアップし、段階的にそれらの場面に身を置いていくことで、対人恐怖を克服していきます。ロールプレイング形式で行われることもあります。
暴露療法の注意点とリスク
暴露療法は効果の高い治療法ですが、いくつかの注意点と、場合によってはリスクも伴います。
暴露療法を開始した初期には、一時的に不安が増大するため「つらい」と感じるのは自然な反応です。しかし、以下のような場合には「逆効果だった」「失敗した」と感じてしまうことがあります。
▮ 不安への準備不足・急すぎる曝露
十分な説明や準備がないまま、あるいは不安階層を無視して強すぎる刺激に直面すると、圧倒されてしまい、かえって恐怖心が強まることがあります。
▮ 自己流での実施
専門家の指導なしに自己判断で暴露療法を行うと、適切な方法やペース配分がわからず、効果が得られないばかりか、症状が悪化する危険性があります。
▮ 治療者との信頼関係の不足
安心して不安な体験に取り組むためには、治療者への信頼感が不可欠です。不信感があると、治療に積極的に臨めません。
▮ 曝露が不十分・中断してしまう
一時的に不安が高まったところで曝露をやめてしまうと、「やっぱりダメだった」というネガティブな学習が強化されてしまう可能性があります。不安が自然に下がるまで続けることが重要です。
▮ 目標設定の不適切さ
最初から高すぎる目標を設定すると、達成できずに挫折感を味わいやすくなります。
▮ 他の精神疾患の併存や重症度
うつ症状が重い場合や、他の精神疾患が複雑に絡み合っている場合など、暴露療法が適さない、あるいは慎重な導入が必要なケースもあります。

セッションについて(ご案内)
トラウマケアは、人間が本来持つ心と体の調和を取り戻し、心を開いて世界を感じる力を回復することを目指します。
私たちは、来談者お一人おひとりが持つ自己治癒力を大切にし、トラウマがもたらす心身の負担を解きほぐすお手伝いをしています。
トラウマケアとは、トラウマを経験した人々に対する治療やサポートの総称です。カウンセリングや心理療法を通じて、トラウマによって引き起こされたストレスや不安を軽減し、心身のバランスを整えていきます。
目指すのは、影響を受けた方々が安心して日常生活に戻り、自分らしく生きられるようサポートすることです。
初回面接 | 10.000円
初回面接は、まずはお困りのことについてうかがい、簡易な症状評価などいたします。当方より、どのようなセラピーがご提供できるかご説明し、ご希望と合わせて相談していきます。
※ 2025年8月20日・月額料金制に変更しました。
月額料金 | 25.000円~
2回目以降は、初回のお話に基づき様々な療法を組み合わせ、最も最適と思われる心理療法をご案内いたします。
はじめのうちは、お話の聞き取りや、調子を安定させるアプローチを優先させ、すぐには暴露療法に入らないことがございます。ご了承ください。
※ 回数や料金などは初回面接の際に詳しくご説明致します。
※ 2025年8月より月額制に変更しました。

安全に暴露療法を進めるために
暴露療法を安全かつ効果的に進めるためには、以下の点が重要です。
▮ 十分な説明と同意(インフォームド・コンセント)
暴露療法の目的、進め方、期待される効果、起こりうる苦痛やリスクについて、事前に十分な説明を受け、納得した上で開始することが大切です。
▮ セラピストとの良好な信頼関係を築く
何でも話し合える、安心して任せられると感じるセラピストを見つけることが成功の鍵となります。
▮ リラクセーション法などの対処スキルの習得
曝露中に高まる不安を自分でコントロールするためのスキルを事前に身につけておくと、安心して取り組みやすくなります。
▮ スモールステップで進める
最初は小さな成功体験を積み重ねることが重要です。焦らず、自分のペースで進めます。
▮ 曝露の記録と振り返り
曝露を行った日時、内容、その時の不安の度合い、実際に何が起こったかなどを記録し、セラピストと共有することで、客観的に進捗を確認し、次のステップを計画するのに役立ちます。
▮ 体調や精神状態への配慮
心身ともにコンディションが良い時に行うのが望ましいです。無理は禁物です。
▮ 治療からのドロップアウトを防ぐ工夫
心理療法の途中でつらくなって中断してしまわないよう、セラピストは動機付けを高め、不安を乗り越えるサポートを行います。